「蛇は秘やかにそのときを待つ」ができるまでのこと
「ルイさんを幸せにしたい」
その一心から書いた「蛇は秘やかにそのときを待つ」をウェブで公開したのは、2017年11月23日のことでした。当初は蛇さんこと康孝と見合いをし、結婚を前提に付き合って欲しいと言われたところまでの中編でしたが、なんかよくわからないうちに長編となり、昨年開催した企画の影響で40万字を超える大長編となりました。
「谷崎さんが康孝にサディスト設定を加えたからw」とは、西条彩子さんの談。これがなければ中編のままハピエンとなっていたでしょう。でも、納得できるものでも自分が読み返したいものでもなかったため、面倒臭い設定をいろいろ足してああなりました。しかもラストが「あれ」、ハピエンなのかどうか分からないあの終わり方は、企画の途中で浮かんだものでした。
1,未練と依存
ルイは渡海と付き合っていましたが、あるものがきっかけで喧嘩別れしてしまいます。その後縁あって再会し、緊縛師と受け手という関係となりました。
これは緊縛について調べている途中で分かったことなんですが、緊縛師と受け手のあいだには強い信頼関係が存在します。というのは、緊縛という行為がとても危険な行為だからです。
ただ縛っているだけでしょう?と思われる方が大半だと思います。しかし、縛る場所を間違えると麻痺が残ってしまうし、吊っている間に縄が緩んだら、受け手は床に落ちてしまいます。そうならないよう緊縛師は万全の態勢で受け手を縛るんですよ。それに、万が一事故が起きたら責任を負う覚悟も持っていないと駄目なんですよね。知れば知るほど縛って感じてあーんな話を書くことができなくなり、困り果てたわたしは日本でも高名な緊縛師さんからお話を伺いました。(「イヴのめざめ」ができまで、参照)
その後イヴのめざめを書き始めたわけですが、縄で縛られることで自分を縛る何かから解放される現象があることを知り、歩の場合は長女というしがらみを、ルイの場合は渡海への未練を縄になぞらえることにしました。心を縛る未練はやがて渡海への甘えになり、依存となったわけです。
2,あなたの心を縛っているものを壊してあげる
どうして康孝をサディスト設定にしたか。それはサディストというよりドミナントとしての役割を与えるためでした。
康孝とルイはドミナントとサブミッシブ(主従)ではありませんが、Rシーンでは極めてそれに近いところまで行為をしています。というかさせました。どうしてそうしたのか、それは康孝がルイに言った通り「心を縛っているものを壊す」ためです。
普段はしない行為のなかで快感を得ることで、ルイは殻というか価値観や道徳観、自我といったものを手放します。それこそが、康孝が言った「壊してあげる」でした。しかし、康孝はルイへの恋愛感情が欲望より強かったため、途中でドミナントとして振る舞えなくなりました。が、ルイはそんな康孝に発破を掛けます。
「思う相手からされると、駄目だね。感情に流されてしまいそうになる」
「流されちゃ、駄目なの?」
「あなたが果てる姿を見るまでは、流されたくない」
「もう何度も見ているじゃない……」
わたしが言葉を返したら、彼は黙り込んでしまった。
「今夜こそ、わたしの心を縛っているものを壊すって言ってたわよね」
すっかり険しさが抜けてしまった彼に尋ねると、曖昧な相づちが返ってきた。
「ああ……」
「そうしてもらうためには、あなたを喜ばせないとならないのよね」
そう言って、彼の側から離れた。力が抜けていた脚はすっかり元に戻っている。ベッドに腰掛ける彼の足下に跪くと、彼から苦笑を向けられた。
「何をしようとしているの?」
「あなたを喜ばせるのよ。分かったら下着を脱いで頂戴。わたしはまだ満足できてないの」
彼の目を見ながら告げると、当人はきょとんとした顔をした。
「それとも何? 中途半端なところで終わらせるつもり? そんな真似したら、二度とあなたに会わないわよ?」
[蛇は秘やかにそのときを待つより引用]
ここに至るまでは康孝が主導権を握っていました。ルイは翻弄されっぱなしでしたが、それがきっかけとなり彼女のなかで「何か」が壊れたというかふっきれて、欲望を受け入れた、という流れです。
3,康孝の計画
全編通して、康孝は「自分を好きになってくれるよう」ルイの前で振る舞います。その中には、お見合いに関わる「嘘」もありました。
ルイがどうして嘘を嫌うのか。それは作中でも触れましたが、最初の恋で嘘をつかれて傷ついたからでした。だから彼女は恋人に誠意を求めましたが、渡海は嘘は言わないけど隠す男だったわけです。
嘘をつかれるか、隠されるか、どちらがいいとも悪いともいえません。どうしてそんなことをしたのか、その理由が自分を煩わせないためだと分かれば何も言えなくなるからです。渡海が隠したのはルイを煩わせたくないから、康孝は自分を守るためです。だって勘が働く人ならば、どうして親戚に頼み込んでまで見合いをしたいんだろうと考えるから。それに、彼は「運命」にしたかったから嘘をついたわけです。そしてルイは思い悩みました。
好きな人ができたら、どうにかして近づきたい。どうにかして話すきっかけがほしいと思うのが普通ではないでしょうか。偶然を装い、きっかけを作ることは恋したことがある人ならば誰でもやってるとわたしは思います。悩むルイを連れ出したヨハナはその代弁者でした。
そしてクリスマスイブのステージで渡海に縛られたルイは、康孝を思います。この頃にはもう、康孝が好きになっていたし、その彼から嘘をつかれたショックより、恋心が勝ったエピソードです。
このあたりを書いていたとき、西条さんが書いた女王シリーズで結衣子がよく口にした「駄目な人」が浮かびました。
惚れた弱みで駄目な男となったのは康孝だけではありません。渡海もです。そのあたりのお話は蛇の二巻、そして乳と蜜の流れるところまで続きます。
4,マサキはどうするのかしら
今だから話せますが、ルイが康孝との結婚を決めたあとのことは「ラストステージをやって円満ハピエン」としか決めていませんでした。しかし、西条さんから「コラボやろうよーぅ」と誘われたことで、蛇の二巻に相当する部分が出来上がりました。結果として44万字となった本作は、眠れぬ夜の文字数を超えました。それに三年がかりで完結させた作品でもあります。
長いお話です。それに緊縛とかSMとか、わたしのなかで生まれた「どうして」の答えが詰まった作品です。お読み頂けれると嬉しいです。
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