「イヴのめざめ」ができるまで
ご存じの方が多いと思いますが、「イヴのめざめ」ができるまでのことを、つらつら書きたいと思います。
1.第11回らぶドロップス恋愛小説コンテスト
2018年バレンタインデーに発表された第11回らぶドロップス恋愛小説コンテストでパブリッシングリンク賞ならびに読者賞をいただいた「イヴのめざめ -Innocent Lust-」。
これを書こうと思った理由は2つ。
・最優秀賞を獲得し書籍化される際のイラストレーターが好きな方だった。
・緊縛について書きたかった。
です。
2018年に結果が出たこのコンテストは2017年夏に告知されましたが、緊縛について書きたいと思ったものの、縛られて「あーん」な流れでいいのか悩みました。というのは、緊縛についてはTLと言うジャンルのなかで、少数ではありますが書いている作品があったので。
そういったものと違うものを書かないとならない。そう思ったわたしは、ツイッターで緊縛師さんを次々フォローし、その方々の動画や画像を見まくって、書くものを探していました。
自分自身、過去に縛られたことも縛ったこともあります。しかしそれらはあくまでもわたしの経験であり、そのまま書くのは憚れました。というのも、その経験はあくまでもわたしとその相手だけのものなので。しかしこのままでは、既存作品と何も違わないものしか書けないと焦っていたところに、ある出来事が起きました。
2.緊縛師
2017年当時、わたしは秋田市に住んでいました。
七月に告知され十月末日が締め切りのコンテストに出すものを、まだ何も決められていない状況でいたのですが、八月夫氏の実家に帰省していた際、何気なく見たツイッターでおもいもしないものを発見。それはわたしが「いいなー」と思っていた緊縛師さんが、雄物川の花火のようすをアップしていたものでした。
どうして秋田にいるんだろう。でも、もしお話できる機会を作れたら……。と藁にも縋る思いで、緊縛師さんにダイレクトメッセージを送りました。素人からの頼みなど聞いてもらえないだろうと思いながら。しかし、その方は応えて下さいました。
秋田に戻り、すぐさまお会いしたところ、とても貴重なお話を聞くことができましたし、何を軸に書くか固まりました。それに、参考となりそうな本を紹介頂き、「イヴのめざめ -Innocent Lust-」のプロットの制作にはいりました。まもなく八月が終わろうとしていた頃です。
3.歩・渡海・ルイ
どうして縛られて気持ちがいいのか
どうして縛られたいと思うのか
どうして縛りたいと思うのか
緊縛について調べながら、緊縛師さんから紹介頂いた本を読み進め、閃いたものをメモする毎日が続きました。そして全ての本を読み終えた頃には、歩と渡海、ルイの設定は大まかではあるもの固まっていました。あとは書くだけ。
そして書いたものは、過去に囚われたままの緊縛師と、気が強い女性とのルームシェアからはじまるお話になったのです。が……。
当初の設定では、光と綾は出ていませんでした。しかし、緊縛とか恋愛のメンターとなるべき人間が必要になり……。それに緊縛に馴染みがある場所を舞台にしたほうが、そのメンターの知識の必要姓が出るだろうということで、光に白羽の矢を立てたのです。そして、歩を綾の姉にすることで、光が口を出しやすい状況にしました。
「先日店であなたが話をしていた方は歩さんといって、ここで渡海さんと同居していた女性です」
「そ、そう」
「ええ。そして綾の姉です。ルイさんが、どうして歩さんに会いにきたのか、その理由を教えてください。でないと、会わせるわけにはいかない」【蛇は秘やかにそのときを待つより引用】
歩が思い悩むと綾が心配する。当然光は綾のために歩を守ろうとします。その象徴的なエピソードですね、はい。
それに、初稿に挟み込んだ創世記の一幕。アダムとイヴのお話も、実は暗喩のつもりでいれたんですが、電子書籍化の際は用いませんでした。
神が作り給うた楽園には、アダムとイヴが住んでいたと言われている。
だけどイヴがアダムの二番目の妻だということを知っているものはそう多くない。
アダムの最初の妻・リリスは、夫に対等な関係を求めたと言われている。
そしてそれはセックスにおいてもそうだったらしい。『私は下に横たわりたくない』
リリスがそう言うが、アダムは許さなかった。同じ土から生まれたというのに、何故に対等ではないのか。リリスはそれがどうしても納得できず、とにかく従属を強いるアダムの元を去ったのだ。
リリスが楽園から去った後独りぼっちになってしまったアダムを憐れんだ神は、彼のろっ骨からイヴを生み出した。イヴは対等を求め続けたリリスとは異なり、とにかく従順だと言われている。それからというもの二人は仲睦まじく暮らしていた。たった一つだけの神の言いつけを守りながら。
神からの言いつけは、楽園の中央に植えられている二本の木になる木の実を食べてはならないということだった。その二本の木こそが生命の樹と知恵の樹だ。
生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得る。
知恵の樹の実を食べると、神と等しき善悪の知識を得る。
二人は神から言われたことを頑なに守り続け、その二本の樹の実は決して口にしなかった。
だがそんなとき、あの出来事が起きた。イヴが蛇に唆されて知恵の樹の実を口にしただけでなく、彼女から勧められたアダムもそれを食べてしまったのだ。木の実を食べてしまった二人は、そのとき初めて裸でいることに羞恥を感じ、恥ずべき陰部をイチジクの葉で隠したと言われている。
二人の異変に気付いた神は恐れを抱いた。このままではいずれ生命の樹の実も食べられてしまうのではないかと。そして二人をきつく問いただしたところ、彼らは責任をなすり付け合っていた。アダムはイヴに、そしてイヴは蛇に唆されたのだと。
だけどよくよく考えれば蛇はイヴに強要していない。それにイヴだってアダムに木の実を食べるよう強要はしていなかった。つまり己の意思でもって禁忌を破ってしまっただけのこと。
それなのに言い訳ばかりする二人の姿に怒りを感じた神は、彼らを楽園から永遠に追放することにした。このとき二人には、原罪が課せられた。イヴに対しては、産みの苦しみと夫・アダムからの支配を。そしてアダムに対しては、苦しみの果てに大地から食物を得ることと土に還ることだ。そしてこれらは何も二人だけに課せられたものではなく、彼らから引き継ぐ形で私たちにも永遠に課せられ続けている。
この話を初めて耳にしたときは、特に何も感じなかった。
だけど最近になって、この話を思い出すことが増えている。
聖書でも有名な創世記を読めば、誰だってそう思わずにいられないだろう。イヴさえ蛇の唆しに抗っていたならば、楽園を追放されずに済んだのだと。つまり女という生き物は、誘惑に弱いものだという寓話のようなものになっている。
でも、もしもそうではなかったら?
もしもイヴが明確な意志を持って、アダムを罠に嵌めたとしたらどうだろう。蛇に唆されたというのはイヴの真っ赤なウソで、いつまでも従順を求め続ける夫に仕返しをしたくてそうしたとしたら?
もしもアダムが明確な意志を持って、イヴを罠に嵌めたとしたらどうだろう。蛇は実はアダムが差し向けたもので、イヴに潜む何かを引き出そうとしたのなら?
蛇は死と再生のシンボルで、その形状から男性器の暗喩として用いられている。そのことを知ったとき、彼らに関わった蛇が何かを暗喩しているような気がしたものだった。
イヴがアダムに対し不満に思っていたことがあるとすれば、それは従順を求めていたことで、恐らくそれはセックスに対しても同じことだったと思われる。それは自分一人だけ快楽を味わい果てる男に、不満を抱く女は今だって存在しているからだ。
アダムがイヴに対し不満に思っていることがあるとすれば、それは余りにも従順過ぎて物足りなさを感じていたことだ。イヴと同様、それはセックスに対しても同じ。最初の妻・リリスは自ら上になりたいと願う伴侶だった。それを鑑みればセックスに対してかなり積極的だったと思われる。それをイヴにも求めたのではなかろうか。
そして神が本当に恐れていたことは、彼らが神と等しき永遠の命と知恵を得ることではない。アダムとイヴが快楽の虜になってしまい、楽園の管理を怠ってしまうことだ。
気持ちがいいセックスはクセになる。快楽は身も心も虜にし、どんどん深みにはまっていく。そこに互いへの愛情があったならなお更だ。心まで満たされる。どんな人間にだって、欲望なり欲求は確かに存在している。幾ら取り繕って見せたって、それは心の底で渦巻いているといっても過言ではない。だから当然アダムとイヴにもそれは存在していたはずだ。
あの日「彼」はイヴを唆した蛇のように、物音ひとつ立てず陰から現れた。私の背後で囁いた声は、思いのほか低く甘かった。その声で囁きながら、芳醇な香りを放つ禁断の果実を差し出した。その果実から放たれる香りは私の心をいともたやすく奪い、気付けば手を伸ばしていた。
果実を手に取った瞬間「彼」の欲望が形を変えて蛇となり、私の心と体を容赦なく縛り上げた。身も心もしっかり縛られて、陶酔にひたっていた私を見つめる暗く陰りを帯びた瞳の奥が、徐々に熱を帯びていく。それに呼応するように、体の芯が火照り始めた。
もっと暴いて。もっと縛って。心と体が彼にそれを求めた。そして「彼」もまた私を求めていた。二人の欲望がひとつに溶け合ったとき、快楽の先にある悦びを全身で感じた。「彼」の手を取ってしまったら、向かう先はひとつ。欲望にまみれた世界。だけど奥深い世界だ。「彼」と出会うまで、そんな世界があることを私は知らなかった。そこで私は身も心も裸になって、本当に求めていたものを知ることができた。そして彼も。
そんな二人が出会ったのはきっと運命。
そう、たったそれだけのこと。
【イヴのめざめ -Innocent Lust-より引用】
この中でアダムの最初の妻・リリスはルイ、イヴは歩を差しています。
渡海とルイは、喧嘩別れでしたよね。それに歩は渡海に縛られて(物理的に)彼への思いを自覚します。そして、最後には「あんたを縛ってあげる」と……。タイトルにある「イヴのめざめ」はそれを表したものでした。
4.女王のレッスン
コンテストで結果が出たあと、わたしはある作品を読みました。それが西条彩子さんの「女王のレッスン」
わたしがメクるで「イヴのめざめ -Innocent Lust-」を公開していた時期に、彼女は官能小説投稿サイトでこの作品を公開していたのです。
気になってはいましたが、読んで影響を受けたくなかったので、全てが終わったら読もうと決めていました。その後彼女と交流を持ち、その話をしたところ、彼女も同じだったようです、はい。
その後お互いそれぞれのシリーズ作品「蛇は秘やかにそのときを待つ」「縄痕にくちづけを」を公開したことですっきりした、はずだったんですが……。
5.かのこさん
「アブノーマル・スイッチ」を読んだとき、ここまで書いてもいいんだとほっとしたのを覚えています。そう言う意味では、かのこさんがこの作品を世に出さなかったら、イヴはなかったかもしれません。そのかのこさんが、わたしがお話を伺った緊縛師さんのステージを見たというツイートを見て、ドキドキしながら声を掛けたのがきっかけとなり、2019年わたしたち三人(かのこさん、西条さん、わたし)はその緊縛師さんの舞台を見ました。
そしてその年の暮れ「コラボしようよーぅ」と西条さんが声を掛けてくれたことで、再びそれぞれの作品に向き合うことになりました。
6.かのこ×西条彩子×谷崎文音 コラボ企画
2020年2月から始まった企画は、6月かのこさんが締めとなる中編を公開し終了しました。
好きと萌えだけでこれほど書けるものかと三人ともに実感できた企画であったと思います。
そしてそこで改めてイヴ・蛇を読み込み悶死しながら書き下ろしを書いたわけですが、それがあったからこそ、イヴと蛇の改稿作業は滞ることがありませんでした。
7.最後に
やっぱ好きの力は強い。
好きなものを伝えたいからしっかり書けるんじゃないかと思います。
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